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真澄の瞳に熱くなれ!    

桑田真澄に燃えます。他に雑多な話も。暴走する事もありますが、お許しを

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未来へ提言

★桑田真澄さんが甲子園の未来へ提言…球数制限導入、女子野球との共催、タイブレイク反対

 高校野球のよりよい未来のためにも「球数制限」導入を―。今週の「週刊報知高校野球」には、PL学園の投手として5季連続で甲子園に出場し、優勝2度、準優勝2度を成し遂げたスポーツ報知評論家・桑田真澄氏(49)が登場。戦後最多の甲子園通算20勝を挙げたエースは「プレイヤーズ・ファースト」の見地から、故障予防に配慮した改革を行うべきと主張し、さらなる発展へ提言を行った。(構成・加藤 弘士)

 甲子園大会は日本の誇るべき文化。だからこそ選手第一の見地に立ち、時代にあった仕組みに変えていかねばならない。成長期の投球過多は肩や肘の故障に直結することから桑田氏は球数制限の必要性を訴える。

 「投手の故障を防ぐアイデアはいくつか提案されていますが、僕はスポーツ医科学の視点に立って球数制限に踏み込むべきだと考えています。日本学生野球憲章には『部員の健康を維持・増進させる施策を奨励・支援し、スポーツ障害予防への取り組みを推進する』と明記されています。そう宣言している以上、高野連には連投や投げすぎから選手の体を守る義務があると思います」

 なぜ球数制限なのか。

 「僕は体が出来上がったプロ野球選手なら100球以上投げて完投してもいいと思う。僕がプロ野球の監督やコーチだったら、そういう采配をすると思います。なぜ学童野球や学生野球ではダメなのかといえば、成長期だからです。シンプルな目安を言うなら、100球以上は負担が大きい。高校時代、誰よりも甲子園で投げてきた僕が言うんですから、わかってもらえると思います(笑い)」

 もし球数制限が導入されれば、「待球作戦で100球以上投げさせ、エースを降板させよう」という戦術で臨む指導者が出てくるかもしれない。

 「日本学生野球憲章では『フェアプレーの精神を理念とする』とも定められています。教育の一環ですから、そういう卑怯(ひきょう)な戦術には高野連が注意し、初球からフルスイングする野球を奨励してほしい。高野連には総合的な視点で『スポーツマンシップ』の大切さを教えてほしいと思います」

 夏の甲子園を勝ち抜くために、投手は投げ込みが必須との定説もある。

 「何事もため込むというのは人間には無理だと思います。投げ込み、走り込み、飲み込み、食べ込み、寝込み…って、もたない。1週間寝たから、あとの1か月寝るなよといっても無理です。食事もそう。おなかいっぱい3日分食べろといっても、2日目、3日目になればおなかはすく。投げ込みも一緒です。アマチュア時代には、僕よりも素質に恵まれた選手が、投げ込みが理由で肘や肩を壊し、たくさん消えていきました。練習はもちろん大切ですが、体力の回復や故障予防とのバランスを見極める判断力が必要だと思います」

 桑田氏はPL学園1年の夏に全国制覇後、中村順司監督(当時)に全体練習の時間を短くし、個人練習を増やしたいと訴えた。

 「僕も小中から高1まで、朝から晩まで猛練習をやってきた。ところが、一番劇的に成長したのは甲子園前の練習でした。ベンチ入りメンバーは午前10時から正午まで2時間程度の練習しかやらない。その時期に劇的にうまくなったんです。そんな成功体験があるから、練習は長時間やるよりも短時間で集中してやるべきだと気がついた。2時間しか練習しないから、食欲もある。昼寝もするから体も元気だし、次の日も集中して練習できる。その時期に僕はグーンと伸びた。長時間練習で疲れたら、体力も食欲も意欲もなくなる。練習は短時間集中が一番いいと確信したんです」

 連戦連投を余儀なくされるのは過密日程が原因だ。とはいえ主催者側からすれば、日程消化をスムーズに行いたいとの思惑もある。

 「これは高野連だけの問題じゃない。日本の野球界全体の問題です。なぜなら、プロ野球の人材供給源は学生野球。彼らが壊れてしまったら、日本プロ野球の発展もない。国際大会で最高の競技力を発揮するのも難しくなる。だから日本の野球界全体で考えていくことが大事なんです」

 解決方法はシンプルだ。

 「8月の1か月間、甲子園を高校野球に使用させてあげるのです」
 甲子園期間中はタイガースが本拠地で試合ができないことから「死のロード」と呼ばれてきた。桑田氏はこれにも異を唱える。

 「全然、死じゃない。むしろ天国のロードですよ(笑い)。だって8月は暑すぎて、屋外の甲子園は、プロ野球選手にとってはあまりに過酷だからです。それよりも、ロードのドーム球場でプレーする方がいい。京セラドームなら阪神の選手も家から通えますからね」
.
 アイデアはさらに広がる。現在、全国高校女子硬式野球連盟の加盟校は全26校。夏の全国大会は兵庫県丹波市で行われたが、女子高校野球にスポットライトを当ててほしいと願う。

 「現状の甲子園大会に加え、僕は女子の全国大会も甲子園でやれたらいいと思います。女子は参加校が少ない。男子も2回戦を終えるまでは連戦がないから、3回戦が始まるあたりから男子と女子の試合を交互に開催すれば、投手の連投も自然に防げるんです」

 日程が過密になる3回戦以降は女子の試合を挟んでいく―。これなら選手の肉体的負担も緩和され、さらには女子選手にとってもモチベーション増につながる。そして日本球界の未来を考えた時、このやり方は大きな意味をもたらすという。

 「現在、野球人口の減少が叫ばれていますが、女子野球を発展させれば、野球人口あるいは野球ファンは間違いなく増えるんです。女子選手たちが将来、結婚して母になった時、彼女たちは子供と気軽にキャッチボールができる。これはすごいことだと思います。そうやって育った子供は野球を観に行くだろうし、野球選手になることが将来の夢になるかもしれません」

 「日本のアマチュア野球は『お母さん命』なんです。お母さんがユニホームを洗濯して、お弁当を作って、つらい時も励ましてくれる。お母さんが野球経験者だったら、我が子を全面的にサポートしてくれるじゃないですか。野球の楽しさも苦しさもつらさも、全部分かっているから、最高のコーチになる。だから日本の野球界を今後も発展させるには、女子野球の発展が大きな意味を持つんです」

 来春センバツからは早期決着を促すルール・タイブレイクの導入が決定的だ。

 「僕は基本的に反対ですね。タイブレイクで試合時間は短くなるかもしれませんが、投手の故障予防には根本的な解決法が必要です。球数制限と連投禁止を導入すれば、2番手や3番手の投手が登板するから、点が入りやすい。タイブレイクなしに、試合時間も短くなるでしょう。投手の故障予防という課題には、最優先に取り組んでほしいと思います」

 ◆桑田 真澄(くわた・ますみ)1968年4月1日、大阪・八尾市出身。49歳。PL学園では甲子園に全5季出場。1年夏、3年夏に全国制覇。甲子園通算20勝は戦後最多。85年ドラフト1位で巨人に入団。21年間で通算173勝141敗14セーブ。2年目の87年にベストナインと沢村賞獲得。94年はセMVP。02年は防御率2・22で2度目の最優秀防御率。ゴールデン・グラブ賞8度。2007年には米大リーグ・パイレーツに入団。6月にメジャー昇格。08年3月末に現役引退。スポーツ報知評論家。 【スポーツ報知】


久し振りにまとまった桑田さんを……。
でないと何のブログか分からなくなるので(^_^;)
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信じた道

★桑田氏、清原氏に野球界に恩返しして…
 元巨人の野球評論家、桑田真澄氏(48)が14日、「伊集院光とらじおと」(TBSラジオ)に出演し、大阪・PL学園の同級生で巨人でも一緒にプレーした、覚せい剤取締法違反の罪で懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けた清原和博氏(48)について語った。「彼らしい方法で野球界に恩返ししてほしいと思いますね」と何らかの形で野球界に貢献することを望んだ。

 清原氏への思いを問われた桑田氏は「いろいろ言われているんですが、本当に一緒に戦った仲間、僕のかけがえのない友だと思う」と表現。「僕たち2人は高校1年生の時からプロ野球を引退する時まで、数々の試練とかプレシャーを味わってきた。彼も同じだけ味わったと思うんです。そのつらさはよく分かるんですけど、それに負けないで、また輝いた清原君を見てみたいなと思うんです」と語った。

 「彼は彼なりに自分の信じた道を歩いてもらいたいと思うんですね」とした上で、清原氏の今後について、「僕たちは野球に育ててもらったので、野球に恩返ししないといけないと思うんです。誰よりも幸せを僕たちはいただいたので、恩返しを野球側にしていかないとといけない。その方法は(自分と)一緒でなくていいと思うので、彼らしい方法で野球界に恩返ししてもらいたいなと僕は思っています」と力説。何らかの形で野球に関わり、更生することを期待した。

 清原氏が2月に逮捕された際には、桑田氏は自らの口で約3年前から絶縁状態であると明らかにしている。しかし、「彼に対して終始、変わらないのは、彼の存在、出会えたことに感謝しているということです」と自身の人生にとって清原氏の存在が大きかったことを強調した。「こんな体格的にも技術的にもすごい選手が同い年にいたのかと。どうしたらこの選手を打ち取れるのかな。そういうことを考えさせてもらってたんですね。彼に出会えなかったら今の僕はない。彼がどう言おうが、彼が僕のことを嫌いでもいいんです。僕は彼に出会えたことを感謝しています」と心境を明かした。 【デイリースポーツ】


キヨさんの場合、何がややこしいって、現在自分が置かれている状況は
全て桑田さんの責任だと思ってる可能性があるってこと。
自分が覚せい剤に手を出したのも、逮捕されたのも、有罪判決を受けたのも、
元はと言えば桑田さんが原因で巨人に入れなかったためだと。
あの時に巨人に入れたら、こんな自分にはならなかったと。

これから、どうなるのかねキヨさんは。
桑田さんを毛嫌いしている限りは、また派手に色々やらかしそうな気が
しますけどね……(^_^;)

特別な存在

★清原容疑者 桑田氏は「特別な存在」絶縁しながらも尊敬と感謝
 覚せい剤所持容疑で逮捕された清原和博容疑者(48)は「KKコンビ」と呼ばれ甲子園でともに旋風を巻き起こした桑田真澄氏(47=野球評論家)と3年前から絶縁していた。薬物疑惑が出るたびに更生を促す桑田氏を自ら遠ざけた。しかし、警察の捜査の手が及んでいることを知った昨年8月、清原容疑者はスポニチ本紙に「桑田とは連絡してませんが僕にとっては特別な存在です。アイツがいなかったら僕はいない」と思いを明かしていた。

 薬物疑惑真っただ中の昨年8月末。薬物の影響か、マスコミへの強い警戒心からか、清原容疑者の口は重かった。親しかった友人や知人が次々と離れていき「そんなもんかと…」と、深い孤独感にタメ息が漏れた。

 「桑田さんとは?」と水を向けると「いや、全く」。ずっと連絡を取っていないことを明かした上で「桑田は僕にとって特別ですから。電話するとかしないとか…そんなのなくても、僕にとっては変わらないですから。アイツがいなかったら、その後の僕はいなかった」と、強い思いを次々と口にした。

 「桑田はホントの天才ですよ。僕も中学でピッチャーやってましたが、入部してすぐ遠投を見て、これは(投手として)かなわないと。僕は甲子園で(最多記録の)13本のホームラン打たせてもらいましたけど、桑田のおかげ(で打者に専念したため)ですよ」とした。

 「背筋がゾッとした思い出」と明かしたのがブルペン。「いろんな球種を投げているのに、なんで試合で投げない?と聞いたら“高校時代を直球とカーブで抑えられないようじゃプロでは通用しない”と。今からそんなこと考えているのかと。桑田がいなかったら天狗(てんぐ)になっていたと思う」

 1年生の夏、桑田は強打の池田高を完封し、打者としても甲子園で一度も本塁打を打たれていなかった水野雄仁投手の球をレフトスタンドへ放り込んだ。「僕は4三振。何とか決勝で1本打ったけど、桑田は1年生で2本打ちました。4月1日生まれ(の早生まれ)でしょ。15歳と16歳じゃ全然ちゃいますから」

 自身の甲子園初本塁打はライト方向。プロ入り後「芸術的右打ち」と言われた原点。その打法が生まれたワケを聞くと「生きるためでした」と明かした。

 厳格な上下関係があった当時のPL学園野球部。練習であまり目立つと、厳しい寮生活がさらにつらくなる。1年生で4番を張った“怪物”だからこその苦労。「ライト方向へのヒットならと練習した。それが自分の武器になるとは当時は思いもしませんでした」

 盟友との絆を引き裂かれた伝説のドラフトもあった。薬物疑惑の中、親しげに近寄っていた仲間たちはいなくなり、小姑(こじゅうと)のように更生を促す桑田氏の存在を、また強く感じていたのか。清原容疑者は「当時の僕は桑田がいたから、アイツが後ろ(5番)にいたから孤独感は一切なかった」と強調した。 【スポーツニッポン】


こういう時期にこういう記事を読むと、余計に哀しみが深くなるね。
嗚呼、キヨさん……(T_T)

彼への想い 2

★桑田氏「変わり切れなかった」
 元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕されたことを受け、大阪・PL学園の同級生で巨人でもチームメートとしてプレーした桑田真澄氏(47)が4日、巨人のキャンプ地、宮崎市で心境を語った。

 桑田氏の一問一答は以下の通り。

 -清原容疑者が逮捕され、傷ついた野球少年もいると思う。

 「僕は彼ともよく話をしたんですけど、野球には3つの側面がある。1つはプレーする野球。現役時代はプレーで全力で見せていくということが大事。引退した後は何があるかというと、支える野球と見る野球だと思うんですよね。我々2人はまだゆっくり見るというのは早すぎだな、次のステージだと思うんで、引退したこれからは支える野球を全力でやっていかなきゃいけないと。支える野球のステージでも、4番でありエースになれるように、これからしっかり野球界を支えていこうという話もしていました。そこにうまく移行できなかったんじゃないかなと。気持ちの切り替えがね。いつまでもプレーする野球の4番バッターでいる自分が忘れられなかったというか、変わり切れなかったというかね。そこが非常に残念なことでもありますよね。誰もが引退するわけですから、プレーする野球ではなく支える野球でエースなり4番になれるように、僕自身、そうやって意識しながら勉強させてもらっているんですけど」

 -清原容疑者から“決別”を告げられた時はつらかった。

 「先ほども言いましたように、子どもじゃないですからね。学生でもないですし。大人ですから。何度も確認したんですけど。『本当にいいのか』ということで。『いい』ということだったんで、『分かった』と。3年ぐらいになりますかね。3年近くですね。昨年末、よくテレビにも出てましたんでね。本当に安心して、頑張ってるなと思って。1月にあったPL学園の野球部のOB会でも、同級生みんなで喜んでたんですけどね。またみんなで会いたいなという話をしていた。そういう矢先だったので、非常にびっくりしているという感じですけどね」

 -清原容疑者に、今後の球界への貢献を望んでいる。

 「先ほども言いましたけど、使命がある。なぜなら僕たち2人は高校時代から、野球からあんなに幸せをいただいたんですよ。ほかの選手以上に恩返ししていかなきゃいけない。そのためにも、何度もピンチを救ってきたホームランで、また起死回生のホームランを見てみたいですよね」 【デイリースポーツ】


悲しいね……。

彼への想い 1

★桑田氏「彼を支えてあげることが大事」
 元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕されたことを受け、大阪・PL学園の同級生で巨人でもチームメートとしてプレーした桑田真澄氏(47)が4日、巨人のキャンプ地、宮崎市で心境を語った。

 桑田氏の一問一答は以下の通り。

 -清原容疑者から“決別”を告げられたきっかけは。

 「いろいろとあるんですけど、本当の彼は新聞紙上でも書かれているように優しくて、思いやりがあって、いっぱいいいところがあるんですね。僕は冷静な目で見て、彼が勉強を、もし僕と同じようにやれば、僕以上にできる素質を持っている。それぐらい頭が切れる男でもあるんですよね。本当の清原和博という男を知っている1人として、心痛いうわさをよく聞いたんで、『そうじゃないだろう』と。スポーツマンである、またこれから野球界に貢献し恩返ししていかなきゃいけない立場である我々2人が、いろいろなうわさが出るのはよくないと。当然、僕自身もいろいろ気をつけなきゃいけないですし。『気をつけなきゃだめだぞ』という話をね、事あるごとに電話して言っていたんでね。聞くとすぐ電話して『こんなうわさ流れているけど、どうなっているんだ』とかね。そういうこと言っていたんで、彼にとっては非常に耳障りだったと思います。そういうのが4、5年続いたんで、彼も『放っておいてくれ』ということになった」

 -清原容疑者に会いに行くつもりは。

 「僕だけじゃなくてですね、彼も僕と違って社交的ですし、たくさんの知り合い、友人がいると思いますんでね。みんなで彼を支えてあげるということが大事だと思いますね。彼が頑張ることが大前提なんですけど、プラス、僕たちもみんなで支えてあげるということが必要だと思いますね」 【デイリースポーツ】


悲しいね……。

キヨの心…

★桑田氏、清原容疑者と“決別”していた
 元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕されたことに対し、大阪・PL学園の同級生で巨人でもチームメートとしてプレーした桑田真澄氏(47)は4日、巨人のキャンプ地、宮崎市で「野球にはピンチになれば代打やリリーフはいるが、自分の人生に代打やリリーフはいない。現役時代、数々のホームランを打ってきた男。自分の人生でもきれいな放物線を描く逆転満塁ホームランを打ってもらいたい」と、復活への期待を口にした。

 桑田氏は清原容疑者と、2~3年前に既に連絡を取らなくなっていたことを明かした。それまでは清原容疑者に「スポーツマンである以上、暴力、ドラッグからは遠い存在でいるべき」などと「小姑のように言い続けてきた」という。しかし3年ほど前、清原容疑者から「一切関わらないでくれ」と言われ、「お互い大人だし、おまえがそう言うならそうしようと」と、“決別”したという。「小言を言われるのは嫌気が差したんでしょうね」と当時を振り返り、「言い続ければよかった」と後悔の念も口にした。

 「プロ野球の実績だけではなく、高校野球の実績、学生野球、アマ野球、プロ野球に恩返しをしないといけない使命がある」と桑田氏。清原容疑者の復活も願っていた。 【デイリースポーツ】


「うるさいわい、もうお前の声なんか聞きたくないわ!」と
解釈するのか、自分がこうなる事を予測して「俺みたいな奴と関わると
お前が巻き込まれて酷い目にあうから縁を切るぞ」と解釈するのか……。

キヨさんの優しさって捻くれてるから、後者のような気がするな~(T_T)

新潟へ

★父も応援!桑田ジュニア BC新潟入り「活躍してNPBに」
 独立リーグ、ルートインBCリーグのドラフト会議が28日、新潟県内で行われ、桜美林大の桑田真樹外野手(4年)が新潟から2位指名を受けた。

 巨人のエースとして活躍した父・真澄氏(46)に続く親子2代でのプロ野球選手の誕生に「新しい環境で野球ができる。楽しみでいっぱい。活躍してNPBに行けたら。できれば来年」と意欲を見せた。

 指名の一報は授業中だった。「友達から“おめでとう”とLINE(無料通話アプリ)が来て知った」。新潟のイメージは「お米がおいしそう」と笑顔を見せ、一番のアピールポイントには「シュアな打撃が持ち味。チームに貢献できる選手になりたい」と力を込めた。打力も兼ね備えた父は右打ちだったが、自身は左打席から広角に打ち分ける。50メートル6秒2の俊足も武器で、1年目から外野の一角を狙う構えだ。

 桜美林大の津野裕幸監督は「素直で謙虚。プレーヤーとして長くやれる選手になってほしい」とエールを送った。4年秋のシーズン終了後も筋力トレーニングを継続するなど自覚は十分。BCリーグを経て、父と同じNPBの舞台へ。桑田がそのスタートラインに立った。

 ▼桑田真澄氏 新潟アルビレックスでたくさん勉強していろいろな事を吸収して、新潟やBCリーグに貢献できる選手になってほしいですね。

 ◆桑田 真樹(くわた・まさき)1992年(平4)8月10日、東京都生まれの22歳。小5から「たまプラーザスネークス」で野球を始める。桜美林では甲子園出場なし。桜美林大では4年春から外野のレギュラーに定着。50メートルは6秒2、遠投95メートル。1メートル81、78キロ。右投げ左打ち。 【スポーツニッポン】


よほどの活躍をしない限りNPBのドラフトで指名して貰えないと思うので、
大変だと思います。ですが、そこを何とか乗り越えて頑張って欲しいですね。

頑張れジュニア!(^o^)
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